黄金寺院のアムリトサル [インドの旅]
8月21日~27日
すっかり慣れたインド夜行列車でアムリトサルにやって来た。
4時間遅れたことにもすっかり慣れて気にもならなかった。
で、昼過ぎからインド最後の宿探しを始めた。
駅近くの80ルピー(約240円)の小汚いホテルだったが、
ちょっと覚えたヒンディー語もこれで最後と思うと寂しいモンだった。

アムリトサルはスィク教の聖地で、街を歩くとでかいターバン巻いた
スィク教徒のインド人の姿が目だっていた。スィク教総本山の黄金寺院
(ゴールデンテンプル)は、モザイクパターンなどはイスラム様式に
なってたり外観も近いような雰囲気だった。
参拝する前に裸足になって足を清めるのはモスクと同じだったが、
男も髪の毛を隠さなければならないというのには驚いた。イスラムでは
女性は髪の毛を隠さなあかんけど男は関係なかったから。。。
スィク教ではヒゲも髪の毛も切らないため、スィク教の男たちは誰もが
ものすごいヒゲをたくわえ、大きいターバンを巻いている。
そう、ターバンの中は実はロン毛を全部ぐりぐり巻いて収められているのだ。
インドのどこかの街か忘れたが、ベランダでロン毛を乾かしてるスィク教徒を
発見したことがあった。クセ毛でめちゃくちゃ長い髪の毛だった。
黄金寺院でこれからのパキスタンからの旅の安全祈願をした。
帰り道ついでにバスターミナルへ行き、アターリー(パキスタン国境)行きの
チケットを予約した。おおおお。これで長かったインドをいよいよ脱出かー。
これまでのインド旅行を振り返ってしまう。それに行きたいとこはまだまだあるし、
ほんとならアムリトサルからもインド北部のダラムサラやレー・ラダックや
マナーりーにも寄りたかった。まあ、まあ、しょうがない。
そろそろ西へどんどん進んでいかんとなー。
現在:アムリトサル【インド】
すっかり慣れたインド夜行列車でアムリトサルにやって来た。
4時間遅れたことにもすっかり慣れて気にもならなかった。
で、昼過ぎからインド最後の宿探しを始めた。
駅近くの80ルピー(約240円)の小汚いホテルだったが、
ちょっと覚えたヒンディー語もこれで最後と思うと寂しいモンだった。

アムリトサルはスィク教の聖地で、街を歩くとでかいターバン巻いた
スィク教徒のインド人の姿が目だっていた。スィク教総本山の黄金寺院
(ゴールデンテンプル)は、モザイクパターンなどはイスラム様式に
なってたり外観も近いような雰囲気だった。
参拝する前に裸足になって足を清めるのはモスクと同じだったが、
男も髪の毛を隠さなければならないというのには驚いた。イスラムでは
女性は髪の毛を隠さなあかんけど男は関係なかったから。。。
スィク教ではヒゲも髪の毛も切らないため、スィク教の男たちは誰もが
ものすごいヒゲをたくわえ、大きいターバンを巻いている。
そう、ターバンの中は実はロン毛を全部ぐりぐり巻いて収められているのだ。
インドのどこかの街か忘れたが、ベランダでロン毛を乾かしてるスィク教徒を
発見したことがあった。クセ毛でめちゃくちゃ長い髪の毛だった。
黄金寺院でこれからのパキスタンからの旅の安全祈願をした。
帰り道ついでにバスターミナルへ行き、アターリー(パキスタン国境)行きの
チケットを予約した。おおおお。これで長かったインドをいよいよ脱出かー。
これまでのインド旅行を振り返ってしまう。それに行きたいとこはまだまだあるし、
ほんとならアムリトサルからもインド北部のダラムサラやレー・ラダックや
マナーりーにも寄りたかった。まあ、まあ、しょうがない。
そろそろ西へどんどん進んでいかんとなー。
現在:アムリトサル【インド】
デリーに帰ってきた [インドの旅]
8月10日~20日
去年11月末にインドに入って早や9ヶ月目。半年マルチプルビザも切れ、
延長(できた設定)しつつも、インドをそろそろ出ることにして、
ブッダガヤーから列車で一気にデリーまで戻ってきた。
新年を迎えたデリーは夏でも相変わらず埃っぽい中、忙しそうに動くインド人たちの
姿があった。安宿街のパハルガンジも活気に満ち満ちていた。
デリーでの観光はもう済んでるのとはいえ、日中はビザの手続きに奔走し、
あとはその辺ぶらぶら、晩飯はお気に入りの食堂『CAPITAL HOTEL』で
美味いカレーを食いまくるという一週間を過ごした。

この食堂の二人のオヤジはいつも無駄のない動きでお客をさばいていた。
目配りも完璧で常にスピーディーで、チャパティーがなくなる頃になると
出来立てのヤツをさりげなくテーブルに置いてくれた。
満腹食べても30ルピー(90円)くらいと安く、仕上げに向かいラッシー屋で
ラッシーを買い甘さがものすごいインドスイートを食べて大満足だった。
宿で一人、パスポートに貼られた出来立てのビザを確認すると思わずに
やけてしまう。苦労して取ったビザはパキスタンとイラン。
両ビザとも申請用にわざわざ日本大使館まで行ってレター(紹介状)をもらい、
パキ大使館もイラン大使館も申請待ち?の人間たちのごった返しの中の
闘いがあったり、交付もパキ・イランはイスラムなので金曜日も休みなので、
日数も無用にかかったりとなにかと大変だったからだろうなあ。
費用はパキはダブルビザが無料、イランはなんと一週間滞在だけで50USドル!高!
まあ取得できただけでもよかったとしよう。新たな国にわくわくしてしまう。
それにイスラム暦(ヒジュラ暦)の第9の月ラマダーンが、今年は西暦で
8月31日~9月29日だそうで、日の出から日没の飲食禁止がどうなるのかも
ちょっと楽しみやー。
※念のためまじめな情報
【現在はパキスタンもイランもデリーでのビザ取得が難しいらしいです。
イランビザに関しては交付日数も費用ももっとかかるみたいです。
パキのダブルエントリービザも不可能かもです。】
現在:デリー【インド】
去年11月末にインドに入って早や9ヶ月目。半年マルチプルビザも切れ、
延長(できた設定)しつつも、インドをそろそろ出ることにして、
ブッダガヤーから列車で一気にデリーまで戻ってきた。
新年を迎えたデリーは夏でも相変わらず埃っぽい中、忙しそうに動くインド人たちの
姿があった。安宿街のパハルガンジも活気に満ち満ちていた。
デリーでの観光はもう済んでるのとはいえ、日中はビザの手続きに奔走し、
あとはその辺ぶらぶら、晩飯はお気に入りの食堂『CAPITAL HOTEL』で
美味いカレーを食いまくるという一週間を過ごした。

この食堂の二人のオヤジはいつも無駄のない動きでお客をさばいていた。
目配りも完璧で常にスピーディーで、チャパティーがなくなる頃になると
出来立てのヤツをさりげなくテーブルに置いてくれた。
満腹食べても30ルピー(90円)くらいと安く、仕上げに向かいラッシー屋で
ラッシーを買い甘さがものすごいインドスイートを食べて大満足だった。
宿で一人、パスポートに貼られた出来立てのビザを確認すると思わずに
やけてしまう。苦労して取ったビザはパキスタンとイラン。
両ビザとも申請用にわざわざ日本大使館まで行ってレター(紹介状)をもらい、
パキ大使館もイラン大使館も申請待ち?の人間たちのごった返しの中の
闘いがあったり、交付もパキ・イランはイスラムなので金曜日も休みなので、
日数も無用にかかったりとなにかと大変だったからだろうなあ。
費用はパキはダブルビザが無料、イランはなんと一週間滞在だけで50USドル!高!
まあ取得できただけでもよかったとしよう。新たな国にわくわくしてしまう。
それにイスラム暦(ヒジュラ暦)の第9の月ラマダーンが、今年は西暦で
8月31日~9月29日だそうで、日の出から日没の飲食禁止がどうなるのかも
ちょっと楽しみやー。
※念のためまじめな情報
【現在はパキスタンもイランもデリーでのビザ取得が難しいらしいです。
イランビザに関しては交付日数も費用ももっとかかるみたいです。
パキのダブルエントリービザも不可能かもです。】
現在:デリー【インド】
ブッダガヤーの菩提樹 [インドの旅]
8月1日~14日
インド・コルカタに戻ってだらだら滞在した後、夜行列車でガヤーに入り、
ミニバスで釈迦がブッダになった(覚りを開いた)地、ブッダガヤーに向かった。
ガヤーからのネーランジャー川沿いの車窓は対岸の前正覚山がきれいだった。
屋根に人と荷物を満載して走るバスを横目に到着した。

マハ-ボディ寺院(大菩提寺)と菩提樹を観光。有名な菩提樹の前には
敬虔な巡礼者たちが五体投地の行で繰り返し拝んでおられた。
そ~か~、ここがお釈迦様〈ゴータマ・シッタールダー〉が
ブッダ(覚った人という意)になった場所か~。
そう思うと手をあわせずにはいられなかった。
ブッダガヤーは仏教最高の聖地なので巡礼者に加え、観光客も多かった。
それでもヴァラナシに比べれば全く静かなもん。
道を進むと仏教各国の寺院が現れ始めた。ブータン寺、チベット寺、タイ寺、
中国寺そして日本寺などがオンパレード。どうせインド的な仏教テーマパークか
なんかかと思われそうだが、さすがに仏教の聖地、どこも立派で荘厳だった。
特にチベット寺院とブータン寺の装飾が見事だった。
加えて各寺には各国の僧侶がいるのにも雰囲気があった。
ただ、日本寺はどうしても日本にあるものと比べてしまい、イマイチ感は否めなかった。
見た目は木造でもコンクリ上塗装やし殿内の壁画もどうも粗いと感じた。
とはいえインドで日本の僧がお経をあげくれてるのを聞くとありがたいと感じた。

宿泊先は安ゲストハウスはやめて、せっかくなので仏教寺の宿坊に泊まることにした。
さらにブータンには行けなかったのでブータン寺を選択した。
宿坊は巡礼者のための宿泊施設で当然質素な造りで料金も特に決まってなかった。
自分で料金を決めて喜捨する形。スタッフも僧侶で、なんだか修行に来てる気分が
味わえた。ナメサメガティンチェー(どうもありがとう:ゾンカ語)。
聖地の中の聖なる菩提樹。いろいろ歴史があるようなので紹介すると、お釈迦様が
ブッダになった2000年以上前のオリジナル菩提樹は各地に分木され、
遂には樹齢が尽きて枯れてしまった後は分木された菩提樹からさらに分木して、
今ので4代目だそう。すごいのは、2000年以上経った今でも実はオリジナル菩提樹の
分木がスリランカ・アヌラーダプラのスリー・マハー菩提樹として存在している。
もちろん世界最古の菩提樹、すごい樹齢2000年?
ホントかウソか分からないがブッダガヤーの菩提樹は、巡礼者たちが
菩提樹の下でロウソクを灯して祈るために、早く木が弱ってしまうらしい。。。
それでもありがた~い菩提樹の落ち葉を一枚もらった。

現在:ブッダガヤー【インド】
インド・コルカタに戻ってだらだら滞在した後、夜行列車でガヤーに入り、
ミニバスで釈迦がブッダになった(覚りを開いた)地、ブッダガヤーに向かった。
ガヤーからのネーランジャー川沿いの車窓は対岸の前正覚山がきれいだった。
屋根に人と荷物を満載して走るバスを横目に到着した。

マハ-ボディ寺院(大菩提寺)と菩提樹を観光。有名な菩提樹の前には
敬虔な巡礼者たちが五体投地の行で繰り返し拝んでおられた。
そ~か~、ここがお釈迦様〈ゴータマ・シッタールダー〉が
ブッダ(覚った人という意)になった場所か~。
そう思うと手をあわせずにはいられなかった。
ブッダガヤーは仏教最高の聖地なので巡礼者に加え、観光客も多かった。
それでもヴァラナシに比べれば全く静かなもん。
道を進むと仏教各国の寺院が現れ始めた。ブータン寺、チベット寺、タイ寺、
中国寺そして日本寺などがオンパレード。どうせインド的な仏教テーマパークか
なんかかと思われそうだが、さすがに仏教の聖地、どこも立派で荘厳だった。
特にチベット寺院とブータン寺の装飾が見事だった。
加えて各寺には各国の僧侶がいるのにも雰囲気があった。
ただ、日本寺はどうしても日本にあるものと比べてしまい、イマイチ感は否めなかった。
見た目は木造でもコンクリ上塗装やし殿内の壁画もどうも粗いと感じた。
とはいえインドで日本の僧がお経をあげくれてるのを聞くとありがたいと感じた。

宿泊先は安ゲストハウスはやめて、せっかくなので仏教寺の宿坊に泊まることにした。
さらにブータンには行けなかったのでブータン寺を選択した。
宿坊は巡礼者のための宿泊施設で当然質素な造りで料金も特に決まってなかった。
自分で料金を決めて喜捨する形。スタッフも僧侶で、なんだか修行に来てる気分が
味わえた。ナメサメガティンチェー(どうもありがとう:ゾンカ語)。
聖地の中の聖なる菩提樹。いろいろ歴史があるようなので紹介すると、お釈迦様が
ブッダになった2000年以上前のオリジナル菩提樹は各地に分木され、
遂には樹齢が尽きて枯れてしまった後は分木された菩提樹からさらに分木して、
今ので4代目だそう。すごいのは、2000年以上経った今でも実はオリジナル菩提樹の
分木がスリランカ・アヌラーダプラのスリー・マハー菩提樹として存在している。
もちろん世界最古の菩提樹、すごい樹齢2000年?
ホントかウソか分からないがブッダガヤーの菩提樹は、巡礼者たちが
菩提樹の下でロウソクを灯して祈るために、早く木が弱ってしまうらしい。。。
それでもありがた~い菩提樹の落ち葉を一枚もらった。

現在:ブッダガヤー【インド】
人力車のコルカタ [インドの旅]
6月19日~29日
プリーから列車で大都市コルカタ(旧カルカッタ)へとうとうたどり着いた。
駅には列車の乗客にポーター、チャイ売り、物乞いなどなど、
ものすごい数のインド人が動いていた。
腹が痛く、用を足そうとトイレに入ったら、1ルピーの有料トイレの水洗は
壊れていた。便器にはインド人たちの分身で溢れかえっていた。
駅舎を出ると、タクシーの客引きたちがどっと押し寄せてきた。
とうとう雨季に入ったのか、ジトジト雨が降っていたが、とにかくは歩き始めた。
通りにはタクシーが走るばかりでサイクルリクシャーが見当たらない。
それに想像以上に道路がきれいに整備されていて、うんこすら転がって
いなかった。けど、路地に少し入るとインド的風景があり、人力車にも出会った。
日本に昔あったタイプ、人が引くヤツ、まさに人力車だった。

インド人満載のフェリーでフーグリー河を渡った後、路線バスを探したが分からず
仕方なくタクシーで安宿街サダルストリートへ向かった。かなり昔は少し物騒だった
サダルストリート、その路地にある日本人宿パラゴンに泊まることにした。
プリーから連続でジャパニ宿を選ぶのは寂しくなってるんやろうか?
宿はジャパニバックパッカーでほぼ満室。最近日本からコルカタに飛んできて
インド旅行スタートというビクビクの旅行者、世界一周継続中で今3年目という
小汚い格好のツワモノ、下痢でぐったりしてる者まで色んな日本人がいた。
雨の具合を見ながら、ちょっとだけ観光には行ってみた。
路面電車に乗ってみると雨にも濡れずに楽チンに市内観光ができた。
カーリー寺院はなんだか不気味な雰囲気。インド博物館は摩訶不思議な雰囲気。
一階は価値がありそうな彫刻や盗品みたいな石造や仏像があった。二階は
ほとんどが動物の剥製や昆虫標本やらの生き物展示になってた。
注目はイノシシの剥製!!目玉だけはガラス玉を後から取り付けているのだが、
どうみても取付け位置が上過ぎる。なんともデコのせまい顔のイノシシになってた。
次に向かうバングラデシュの準備も進めた。写真屋で証明写真作った後、
バングラ大使館でビザの申請をした。日本人は無料で交付もすぐだった。
コルカタからバングラへの国際バスのチケットも買えた。よし、万全や。
することを終えるとあとはだらだら滞在になった。
昼頃に起きては、誰かと一緒にいつものインド食堂でカレーを食べた。
日や時間帯によって毎回味が違うのが面白かった。
宿に帰ってきてからは洗濯したり、旅情報交換したり、トランプばっかり。
夜になると近くの中華レストランでビールとカレーとチョウメンで小宴会。
その後宿で朝のチャイを賭けてのトランプ。大富豪大会は毎晩遅くまで盛り上がった。
地下鉄車内にガンジーのお言葉なるステッカーが貼ってあった。
英語表記だったので直訳してみたらこんな感じになった。
【宗教とは大木から分かれた枝と同じ。
枝がたくさんあるように宗教もたくさん存在する。
だが、所詮幹は一つで、宗教も一つなのです。】と。
多宗教、多民族のインドならではの格言やなー。
現在:コルカタ【インド】
プリーから列車で大都市コルカタ(旧カルカッタ)へとうとうたどり着いた。
駅には列車の乗客にポーター、チャイ売り、物乞いなどなど、
ものすごい数のインド人が動いていた。
腹が痛く、用を足そうとトイレに入ったら、1ルピーの有料トイレの水洗は
壊れていた。便器にはインド人たちの分身で溢れかえっていた。
駅舎を出ると、タクシーの客引きたちがどっと押し寄せてきた。
とうとう雨季に入ったのか、ジトジト雨が降っていたが、とにかくは歩き始めた。
通りにはタクシーが走るばかりでサイクルリクシャーが見当たらない。
それに想像以上に道路がきれいに整備されていて、うんこすら転がって
いなかった。けど、路地に少し入るとインド的風景があり、人力車にも出会った。
日本に昔あったタイプ、人が引くヤツ、まさに人力車だった。

インド人満載のフェリーでフーグリー河を渡った後、路線バスを探したが分からず
仕方なくタクシーで安宿街サダルストリートへ向かった。かなり昔は少し物騒だった
サダルストリート、その路地にある日本人宿パラゴンに泊まることにした。
プリーから連続でジャパニ宿を選ぶのは寂しくなってるんやろうか?
宿はジャパニバックパッカーでほぼ満室。最近日本からコルカタに飛んできて
インド旅行スタートというビクビクの旅行者、世界一周継続中で今3年目という
小汚い格好のツワモノ、下痢でぐったりしてる者まで色んな日本人がいた。
雨の具合を見ながら、ちょっとだけ観光には行ってみた。
路面電車に乗ってみると雨にも濡れずに楽チンに市内観光ができた。
カーリー寺院はなんだか不気味な雰囲気。インド博物館は摩訶不思議な雰囲気。
一階は価値がありそうな彫刻や盗品みたいな石造や仏像があった。二階は
ほとんどが動物の剥製や昆虫標本やらの生き物展示になってた。
注目はイノシシの剥製!!目玉だけはガラス玉を後から取り付けているのだが、
どうみても取付け位置が上過ぎる。なんともデコのせまい顔のイノシシになってた。
次に向かうバングラデシュの準備も進めた。写真屋で証明写真作った後、
バングラ大使館でビザの申請をした。日本人は無料で交付もすぐだった。
コルカタからバングラへの国際バスのチケットも買えた。よし、万全や。
することを終えるとあとはだらだら滞在になった。
昼頃に起きては、誰かと一緒にいつものインド食堂でカレーを食べた。
日や時間帯によって毎回味が違うのが面白かった。
宿に帰ってきてからは洗濯したり、旅情報交換したり、トランプばっかり。
夜になると近くの中華レストランでビールとカレーとチョウメンで小宴会。
その後宿で朝のチャイを賭けてのトランプ。大富豪大会は毎晩遅くまで盛り上がった。
地下鉄車内にガンジーのお言葉なるステッカーが貼ってあった。
英語表記だったので直訳してみたらこんな感じになった。
【宗教とは大木から分かれた枝と同じ。
枝がたくさんあるように宗教もたくさん存在する。
だが、所詮幹は一つで、宗教も一つなのです。】と。
多宗教、多民族のインドならではの格言やなー。
現在:コルカタ【インド】
プリーで沈没 [インドの旅]
6月4日~18日
じとじとの夜行列車に揺られ、インド人たちにもまれ囲まれながらとうとう南インドから
北上し聖地プリーまでやって来たー。日本人旅行者の沈没の地、プリーだー。
駅を出ると久々にランニング姿のサイクルリクシャーワーラーたちが寄ってきた。
うあー、なんか顔つきと体型が南インドと全然違うわー。ほんまにインドは広い。
プリー滞在はあえて日本宿(ドミ1泊+3食付で300円)に泊まり日本食を食べ、
日本語で日本人と話したり遊んで過ごした。ここはどこ?って錯覚に陥るが
たまに味わう母国三昧もいいもんだった。日本語の活字への飢えは宿にある
マンガや新聞を読み漁って解消できた。文芸春秋なんか日本では読むことないのに
活字の多さが嬉しく貪り読んでしまった。

外に出たらビーチに行って子供らと遊んだり、ぼーっとしたりの毎日。
海に沈む夕焼けの時間になるとみんなで夕陽を拝んでさらにぼーっとした。
そんなぐうたらだらだらだったが、ジャガナート寺院には行ってみた。
普通に立派なヒンドゥー寺院で見ごたえもそこそこあったが特にインパクトは
なかった。ただ、ひとつ気になる歴史を持っている寺だった。
昔はストゥーパ(仏塔)が建てられていて、中には御釈迦さんの歯が祀られていた
らしい。しかしその歯はスリランカに持ち去られ!たという噺。
スリランカ・キャンディの仏歯寺側の歴史となんか話が違うような気がする。。。
こんだけぼーっと過ごすと次に向かう大都市コルカタ(旧カルカッタ)が怖い。。。
現在:プリー【インド】
じとじとの夜行列車に揺られ、インド人たちにもまれ囲まれながらとうとう南インドから
北上し聖地プリーまでやって来たー。日本人旅行者の沈没の地、プリーだー。
駅を出ると久々にランニング姿のサイクルリクシャーワーラーたちが寄ってきた。
うあー、なんか顔つきと体型が南インドと全然違うわー。ほんまにインドは広い。
プリー滞在はあえて日本宿(ドミ1泊+3食付で300円)に泊まり日本食を食べ、
日本語で日本人と話したり遊んで過ごした。ここはどこ?って錯覚に陥るが
たまに味わう母国三昧もいいもんだった。日本語の活字への飢えは宿にある
マンガや新聞を読み漁って解消できた。文芸春秋なんか日本では読むことないのに
活字の多さが嬉しく貪り読んでしまった。

外に出たらビーチに行って子供らと遊んだり、ぼーっとしたりの毎日。
海に沈む夕焼けの時間になるとみんなで夕陽を拝んでさらにぼーっとした。
そんなぐうたらだらだらだったが、ジャガナート寺院には行ってみた。
普通に立派なヒンドゥー寺院で見ごたえもそこそこあったが特にインパクトは
なかった。ただ、ひとつ気になる歴史を持っている寺だった。
昔はストゥーパ(仏塔)が建てられていて、中には御釈迦さんの歯が祀られていた
らしい。しかしその歯はスリランカに持ち去られ!たという噺。
スリランカ・キャンディの仏歯寺側の歴史となんか話が違うような気がする。。。
こんだけぼーっと過ごすと次に向かう大都市コルカタ(旧カルカッタ)が怖い。。。
現在:プリー【インド】
神様満載のゴープラム [インドの旅]
5月26日~6月3日
マハーバリプラムからバスで楽勝の1時間半、大都会チェンナイ(マドラス)に
やって来た。インド4大都市の一つだけあってビルも人もめちゃめちゃ多い。
ワイン飲んでぼーっとして、高原の避暑地でぼーっとして、ビーチリゾートでぼーっとした
身体にはこの大都会の空気はかなり重く感じた。それに暑い。。。
ドミトリー1泊200円の安宿に荷を下ろし、早速オートリクシャでカパーレシュワラ寺院へ。
いまさら気付いたが南インドにはサイクルリクシャは少ないよう。それとHOTELという言葉は
食堂っていう意味に使うようだ。ややこしい。
チェンナイの見所はなんといってもドラヴィダ文化(アーリア人の侵入以前にインド北部を
支配していたドラヴィダ民族が築いたイスラムの影響を全く受けていない純粋なインド文化)
様式の代表とされるカパーレシュワラ寺院。

出たー!ドラヴィダ様式の台形の塔を持つゴープラム(塔門)登場ー。
壁面はシヴァやパールバティーなどのインド神様たちの夥しい彫像で覆われていた。
高さ40メートルの壁は4面ともものすごい色合いに映った。ヒンドゥーの神様一体一体が
細かく丁寧に彫られ、ど派手に着色されていた。水色と肌色の調和が独特やわ。
残念ながらここも異教徒は本殿までは入れないものの中庭からずっと眺めてるだけ
だったが十分に満足できた。・・・にしてもほんまにすっごい神様の数。ポーズもさまざまで
なにかストーリーもあるんだろうが数が多すぎてそれを辿る気にはなれなかった。
牛の顔で身体が人間のような彫像もあった。なんやろ、これは?
十分にゴープラムを満喫してチェンナイ観光は終了にした。久々に旅の段取りを進めた。
次に向かうブハネーシュワルまでの鉄道予約に、エアメールの投函、銀行で両替、
散髪に、日用品の買い足し、インターネットで情報収集などなど忙しく過ごした。
町中の暑さから逃げるためマリーナ・ビーチへ行ってみると、子供らが元気に遊んでいた。
いたってなんの変哲も無い平和なビーチの光景。長さ5キロもある巨大な砂浜は昔から
地元の人たち、インド人たちにとっても癒しのビーチとされてる。それが2004年暮れの
スマトラ沖大地震で大津波に襲われ、残念なことに多くの犠牲者を出した。
今ある平和・平安がいつどこで崩れるかは本当に誰にもわからない。
ヒンドゥーの神々でさえもわからない。
この「もーきちの空想世界旅行」で訪れてきた場所でさえ、あとから天災に
見舞われてることがわかる。中国の四川大地震にミャンマーのサイクロン。
空想旅行の中だからすれ違ってよかったとはいえ、旅先で何が起こるかは本当に
予測できないと感じる。自身の強運を信じるしかないんやろうな。。。
現在:チェンナイ【インド】
マハーバリプラムからバスで楽勝の1時間半、大都会チェンナイ(マドラス)に
やって来た。インド4大都市の一つだけあってビルも人もめちゃめちゃ多い。
ワイン飲んでぼーっとして、高原の避暑地でぼーっとして、ビーチリゾートでぼーっとした
身体にはこの大都会の空気はかなり重く感じた。それに暑い。。。
ドミトリー1泊200円の安宿に荷を下ろし、早速オートリクシャでカパーレシュワラ寺院へ。
いまさら気付いたが南インドにはサイクルリクシャは少ないよう。それとHOTELという言葉は
食堂っていう意味に使うようだ。ややこしい。
チェンナイの見所はなんといってもドラヴィダ文化(アーリア人の侵入以前にインド北部を
支配していたドラヴィダ民族が築いたイスラムの影響を全く受けていない純粋なインド文化)
様式の代表とされるカパーレシュワラ寺院。

出たー!ドラヴィダ様式の台形の塔を持つゴープラム(塔門)登場ー。
壁面はシヴァやパールバティーなどのインド神様たちの夥しい彫像で覆われていた。
高さ40メートルの壁は4面ともものすごい色合いに映った。ヒンドゥーの神様一体一体が
細かく丁寧に彫られ、ど派手に着色されていた。水色と肌色の調和が独特やわ。
残念ながらここも異教徒は本殿までは入れないものの中庭からずっと眺めてるだけ
だったが十分に満足できた。・・・にしてもほんまにすっごい神様の数。ポーズもさまざまで
なにかストーリーもあるんだろうが数が多すぎてそれを辿る気にはなれなかった。
牛の顔で身体が人間のような彫像もあった。なんやろ、これは?
十分にゴープラムを満喫してチェンナイ観光は終了にした。久々に旅の段取りを進めた。
次に向かうブハネーシュワルまでの鉄道予約に、エアメールの投函、銀行で両替、
散髪に、日用品の買い足し、インターネットで情報収集などなど忙しく過ごした。
町中の暑さから逃げるためマリーナ・ビーチへ行ってみると、子供らが元気に遊んでいた。
いたってなんの変哲も無い平和なビーチの光景。長さ5キロもある巨大な砂浜は昔から
地元の人たち、インド人たちにとっても癒しのビーチとされてる。それが2004年暮れの
スマトラ沖大地震で大津波に襲われ、残念なことに多くの犠牲者を出した。
今ある平和・平安がいつどこで崩れるかは本当に誰にもわからない。
ヒンドゥーの神々でさえもわからない。
この「もーきちの空想世界旅行」で訪れてきた場所でさえ、あとから天災に
見舞われてることがわかる。中国の四川大地震にミャンマーのサイクロン。
空想旅行の中だからすれ違ってよかったとはいえ、旅先で何が起こるかは本当に
予測できないと感じる。自身の強運を信じるしかないんやろうな。。。
現在:チェンナイ【インド】
等身大の象の像 [インドの旅]
5月20日~25日
チェンナイへ直行の予定を変更し、マハーバリプラムへ寄ってみた。ここは
海沿いの町でインドのリゾート地とされつつも、実は世界遺産に登録されてる
ヒンドゥ遺跡が多数存在した。

ファイブラタという遺跡群はエローラほどの規模はないものの、花崗岩の一枚岩を
切り出した彫刻は圧巻だった。昔も今もインド人ってすごい、と痛感。
中でもアルジュナラタにある等身大?の象の像は本当に迫力満点。
剥製のように細かいシワまでちゃんと彫りこまれていた。すごい技術を感じられた。
その他のラタにもライオンやナンディ(牛の神様)!の彫刻も見事だった。
さらにはカジュラーホーで見たようなミトゥナ(抱擁する男女)像も見ごたえあった。
海岸寺院には境内を囲むようにナンディの像がいっぱいあった。
牛はここでもありがたい存在。ええこっちゃ。
面白い観光地として「クリシュナのバターボール」というのがあった。
単に、傾斜の地面に今にも転げ落ちそうな巨大な丸い岩があるだけ。
なんでこうなったのか、などなど歴史は深いらしいけど、神様のクリシュナが
好物だったバターボールに似てるからと名づけられた安易さがインドっぽくで
好きだ。
マハーバリプラムはこじんまりした村で居心地がよかった。
プールつきのリゾートホテルからバックパッカーの安宿まで揃ってるし
安食堂からレストランも充実していた。旅のスタイルが選べるのはうれしい。
ビーチそばのレストランでベンガル湾を眺めながらシーフードカレーとビールを
楽しむとまたもやリゾート気分に陥ってしまった。ええなあ、インドと呟いた。
現在:マハーバリプラム【インド】
チェンナイへ直行の予定を変更し、マハーバリプラムへ寄ってみた。ここは
海沿いの町でインドのリゾート地とされつつも、実は世界遺産に登録されてる
ヒンドゥ遺跡が多数存在した。

ファイブラタという遺跡群はエローラほどの規模はないものの、花崗岩の一枚岩を
切り出した彫刻は圧巻だった。昔も今もインド人ってすごい、と痛感。
中でもアルジュナラタにある等身大?の象の像は本当に迫力満点。
剥製のように細かいシワまでちゃんと彫りこまれていた。すごい技術を感じられた。
その他のラタにもライオンやナンディ(牛の神様)!の彫刻も見事だった。
さらにはカジュラーホーで見たようなミトゥナ(抱擁する男女)像も見ごたえあった。
海岸寺院には境内を囲むようにナンディの像がいっぱいあった。
牛はここでもありがたい存在。ええこっちゃ。
面白い観光地として「クリシュナのバターボール」というのがあった。
単に、傾斜の地面に今にも転げ落ちそうな巨大な丸い岩があるだけ。
なんでこうなったのか、などなど歴史は深いらしいけど、神様のクリシュナが
好物だったバターボールに似てるからと名づけられた安易さがインドっぽくで
好きだ。
マハーバリプラムはこじんまりした村で居心地がよかった。
プールつきのリゾートホテルからバックパッカーの安宿まで揃ってるし
安食堂からレストランも充実していた。旅のスタイルが選べるのはうれしい。
ビーチそばのレストランでベンガル湾を眺めながらシーフードカレーとビールを
楽しむとまたもやリゾート気分に陥ってしまった。ええなあ、インドと呟いた。
現在:マハーバリプラム【インド】
牛の神様、ナンディ! [インドの旅]
5月12日~19日
インドワインで二日酔いの残る体でポンディシェリーから夜行バスに乗りこんだ。
早朝バンガロールへ到着。バスターミナルは朝っぱらから、
「コピッ、コピーッ(コーヒー)」「チャイ~チャイ~」と、お茶売りの人達が
声が響き渡っていた。早朝の甘ったるい熱いチャイはいつもうまい。
さあ、一日ガンバローという気分になるのが不思議だ。
バンガロールは人口570万人のインドIT産業の中心地。MGロードを
中心としたカントンメントゾーンは都会そのもので整然としインド色を
全く感じさせないところ。方やシティマーケットを中心とした下町ゾーンは
入り組んだ路地は湿っぽく100%インドだった。なんかえらい差。
中国の大都市でもちょっと路地に入れば昼間から酒飲みながら将棋を
指してる人民オヤジたちがいたりするのと同じかな。
当然下町で安宿を探した。一泊200円ほどもした割りにうらぶれていた。
シャワーを浴びようとしたが、共同の水シャワーは故障中で洗面・トイレに
ある水甕の水を浴びるしかなかった。
さあ、町歩きスタート。リクシャーワーラーたちはいつものように声をかけてきた。
元気に「ハロー、ジャパニ、ウエラルユーゴイン?」毎度これから始まる。
真面目そうなオートリクシャーを見つけブル寺院へ向かった。

ブル寺院は、バンガロールの創始者ケンペ・ゴウダによって16世紀に建てられた、
ドラヴィダ様式のバンガロールで最も古い寺院。そんなことより、ここの主人公(ご本尊)はー、
「ナンディー!!!!」 キター、やったでー!
シヴァ神の乗り物の牡牛ナンディ、そう牛の神様ナンディが、一枚岩で彫られており
、高さ4.5m、幅6mという立派な像になってた。おおおおー、ちゃんときれいな飾りまで
つけれらてきちんと祀られていた。旅行牛が神の牛を観てると人だかりができてしまった。
もーきち寺院(ブル寺院)の手前にはゾウ寺院(ガネーシャ)もあった。
ブル寺院でも同じだったが、お布施をしたら変な黄色いハーブ水をもらって、
額に赤い印(ビンディ)をつけてお参りできた。
バンガロールにはもう一つ牛つながりがあった。
それはー、「ナンディヒルー」!!牛の丘か。
ナンディヒルは、北へ65kmのところにあるのでローカルバスで向かうことに。
困ったことに長距離バスタミーナルと違って、バスの行き先表示に英語表記も
ヒンディー語表記もなく、カンナダ語表記(タミール語と同じようなグニャグニャな
文字)だけだった。幸い、待合室の壁に書いてある時刻表には英語とカンナダ語が
併記されていたのでなんとか解読できバスも発見できた。よかった。
近くのオヤジにも確認したらそうだと首を横にしたので間違いなかった。
(インドなんかではイエスの時にはうなずくかわりに首を横に傾ける)
とことんローカルなバスは農民を満載し途中乗降を繰り返しながら悪路を進んでいった。
しょっちゅうバスは大ジャンプを繰り返し、乗客はどこかに頭ぶつけたりと辛いアトラクション
だった。まあ、3時間乗って運賃は約90円で格安だからこんなもんか。。。
ナンディヒルは標高1500Mほどの山で、展望台から見る景色は予想以上の絶景。
眼下に広がるデカン高原の雄大さはずっと見ても飽きないほどだった。
あくまで噂と思うけど、ちょっと昔にデリーなどで増えすぎた乞食たちをインド政府は
トラックに乗せてデカン高原に捨てに行った。という恐ろしい話を聞いたことがある。
これが事実なら今彼らはどうなったんやろうな。。。
避暑地らしく緑の多いちょっとオシャレなレストランでメシを食った。もちろんカレーだが
おいしかったし満腹になって、お会計160円とはなんだか下町プライス。
ナンディも拝んでデカン高原の偉大さに触れたし、ゲキ混みのバスでバンガロールへもどった。
現在:バンガロール【インド】
インドワインで二日酔いの残る体でポンディシェリーから夜行バスに乗りこんだ。
早朝バンガロールへ到着。バスターミナルは朝っぱらから、
「コピッ、コピーッ(コーヒー)」「チャイ~チャイ~」と、お茶売りの人達が
声が響き渡っていた。早朝の甘ったるい熱いチャイはいつもうまい。
さあ、一日ガンバローという気分になるのが不思議だ。
バンガロールは人口570万人のインドIT産業の中心地。MGロードを
中心としたカントンメントゾーンは都会そのもので整然としインド色を
全く感じさせないところ。方やシティマーケットを中心とした下町ゾーンは
入り組んだ路地は湿っぽく100%インドだった。なんかえらい差。
中国の大都市でもちょっと路地に入れば昼間から酒飲みながら将棋を
指してる人民オヤジたちがいたりするのと同じかな。
当然下町で安宿を探した。一泊200円ほどもした割りにうらぶれていた。
シャワーを浴びようとしたが、共同の水シャワーは故障中で洗面・トイレに
ある水甕の水を浴びるしかなかった。
さあ、町歩きスタート。リクシャーワーラーたちはいつものように声をかけてきた。
元気に「ハロー、ジャパニ、ウエラルユーゴイン?」毎度これから始まる。
真面目そうなオートリクシャーを見つけブル寺院へ向かった。

ブル寺院は、バンガロールの創始者ケンペ・ゴウダによって16世紀に建てられた、
ドラヴィダ様式のバンガロールで最も古い寺院。そんなことより、ここの主人公(ご本尊)はー、
「ナンディー!!!!」 キター、やったでー!
シヴァ神の乗り物の牡牛ナンディ、そう牛の神様ナンディが、一枚岩で彫られており
、高さ4.5m、幅6mという立派な像になってた。おおおおー、ちゃんときれいな飾りまで
つけれらてきちんと祀られていた。旅行牛が神の牛を観てると人だかりができてしまった。
もーきち寺院(ブル寺院)の手前にはゾウ寺院(ガネーシャ)もあった。
ブル寺院でも同じだったが、お布施をしたら変な黄色いハーブ水をもらって、
額に赤い印(ビンディ)をつけてお参りできた。
バンガロールにはもう一つ牛つながりがあった。
それはー、「ナンディヒルー」!!牛の丘か。
ナンディヒルは、北へ65kmのところにあるのでローカルバスで向かうことに。
困ったことに長距離バスタミーナルと違って、バスの行き先表示に英語表記も
ヒンディー語表記もなく、カンナダ語表記(タミール語と同じようなグニャグニャな
文字)だけだった。幸い、待合室の壁に書いてある時刻表には英語とカンナダ語が
併記されていたのでなんとか解読できバスも発見できた。よかった。
近くのオヤジにも確認したらそうだと首を横にしたので間違いなかった。
(インドなんかではイエスの時にはうなずくかわりに首を横に傾ける)
とことんローカルなバスは農民を満載し途中乗降を繰り返しながら悪路を進んでいった。
しょっちゅうバスは大ジャンプを繰り返し、乗客はどこかに頭ぶつけたりと辛いアトラクション
だった。まあ、3時間乗って運賃は約90円で格安だからこんなもんか。。。
ナンディヒルは標高1500Mほどの山で、展望台から見る景色は予想以上の絶景。
眼下に広がるデカン高原の雄大さはずっと見ても飽きないほどだった。
あくまで噂と思うけど、ちょっと昔にデリーなどで増えすぎた乞食たちをインド政府は
トラックに乗せてデカン高原に捨てに行った。という恐ろしい話を聞いたことがある。
これが事実なら今彼らはどうなったんやろうな。。。
避暑地らしく緑の多いちょっとオシャレなレストランでメシを食った。もちろんカレーだが
おいしかったし満腹になって、お会計160円とはなんだか下町プライス。
ナンディも拝んでデカン高原の偉大さに触れたし、ゲキ混みのバスでバンガロールへもどった。
現在:バンガロール【インド】
インドのフランス [インドの旅]
5月2日~11日
マドゥライを離れタンジャーヴールへ行ってみた。世界遺産に登録されてる割に
知名度の低いブリハディーシュラ寺院を観光。なんしかでかい。装飾も立派、すごいなー。
が、それにしても暑すぎ。炎天下の屋外観光は辛いわ。寺院の大きさもすごければ
ご本尊のシバリンガ(シバ神の男根)も高さ3Mという巨大さにびっくり。
一番良いのはなんといっても聖なる牛!ナンディをきっちり祀っていたこと。
立派な祭壇の上には崇高なナンディの像がどっしり構えられていた。うん、いい寺。
次に向かったのはインドでも特異なお楽しみポイント、ポンディシェリー(pondicherry)!!
いかにもフランスっぽい地名は、1954年まで250年間もフランスの植民地だったから。
通り名もstreetではなくフランス語のrueだったり、建物も洋館で整然としてた。
大げさに言えばインドのパリって感じやな、海沿いだけは。内陸側はフツーに南インド色。
インド人もポンディチェリーと英語読みやし。
そんなポンディシェリーに来た目的はフランス料理とワインを楽しむこと。
ここはなんと酒税がゼロで、ありとあらゆる種類の酒がインド最安で買えることで有名。
インドは基本的には酒を飲まない国だけど、どの町にも酒屋もあるしレストランでもビールは
飲める。けど日常の物価と比較すると酒はめちゃめちゃ高価な存在で、安宿1泊分より
ビールの方が高かったりした。
ホテルを見つけたあと早速酒屋を探しワインを物色。インド産のワインを買ってみた。
750mlのボトルで150ルピー(約450円)と格安。早速飲んでみると、なんともフルーティーな味。
想像以上の完成度に驚いた。もちろんビールも激安で昼まから酔っ払いモードになった。

さあ、もう一つのお楽しみ、インドのフランス料理にトライ。最高級と言われるレストランへ行って
みると入口にはガードマン、テーブルには白いテーブルクロス、店内はクーラーぎんぎんと
高級仕様になってた。着席すると早速店員が「ワインはいかがででしょうか?」と言ってきた。
おー、インドでワインを勧められるなんて変な感じ。
とりあえず手頃なワインを頼み、コース?は一番高いの(300ルピー≒900円)を頼んでみた。
フランスパン風パンに、フランス風オニオンスープ、フランス風コンビネーションサラダ、
フランス風ステーキがでてきた。普通においしかったが高級フランス料理ではなかった。
別の日に食べたポンディシェリー・フレンチの方が美味しかった。
その名も『ポンディシェリー・ドーサ』。普通、南インドではドーサと呼ばれる薄い生地が
くるくる巻いてあり、横にカレーがあるのだが、これはクレープのようにドーサを広げてあり
具を美しく盛り付けてあった。まさにインド料理とフランス料理のマリアージュ!?
さらにプチフランス気分をもっと満喫しようと宿をチェンジ。海沿いのプチホテル(ゲストハウス)で
リッチにエアコン付きを選択した。300ルピー(900円)もしたがなんだかいい気分。
さらに海辺に降りてアイスクリームなんかを食べながら、海を眺めてるとほんまにここが
インドということを忘れさせてくれた。
南インドが南仏・プロヴァンスに、ベンガル湾が地中海に。。。?
現在:ポンディシェリー【インド】
マドゥライを離れタンジャーヴールへ行ってみた。世界遺産に登録されてる割に
知名度の低いブリハディーシュラ寺院を観光。なんしかでかい。装飾も立派、すごいなー。
が、それにしても暑すぎ。炎天下の屋外観光は辛いわ。寺院の大きさもすごければ
ご本尊のシバリンガ(シバ神の男根)も高さ3Mという巨大さにびっくり。
一番良いのはなんといっても聖なる牛!ナンディをきっちり祀っていたこと。
立派な祭壇の上には崇高なナンディの像がどっしり構えられていた。うん、いい寺。
次に向かったのはインドでも特異なお楽しみポイント、ポンディシェリー(pondicherry)!!
いかにもフランスっぽい地名は、1954年まで250年間もフランスの植民地だったから。
通り名もstreetではなくフランス語のrueだったり、建物も洋館で整然としてた。
大げさに言えばインドのパリって感じやな、海沿いだけは。内陸側はフツーに南インド色。
インド人もポンディチェリーと英語読みやし。
そんなポンディシェリーに来た目的はフランス料理とワインを楽しむこと。
ここはなんと酒税がゼロで、ありとあらゆる種類の酒がインド最安で買えることで有名。
インドは基本的には酒を飲まない国だけど、どの町にも酒屋もあるしレストランでもビールは
飲める。けど日常の物価と比較すると酒はめちゃめちゃ高価な存在で、安宿1泊分より
ビールの方が高かったりした。
ホテルを見つけたあと早速酒屋を探しワインを物色。インド産のワインを買ってみた。
750mlのボトルで150ルピー(約450円)と格安。早速飲んでみると、なんともフルーティーな味。
想像以上の完成度に驚いた。もちろんビールも激安で昼まから酔っ払いモードになった。

さあ、もう一つのお楽しみ、インドのフランス料理にトライ。最高級と言われるレストランへ行って
みると入口にはガードマン、テーブルには白いテーブルクロス、店内はクーラーぎんぎんと
高級仕様になってた。着席すると早速店員が「ワインはいかがででしょうか?」と言ってきた。
おー、インドでワインを勧められるなんて変な感じ。
とりあえず手頃なワインを頼み、コース?は一番高いの(300ルピー≒900円)を頼んでみた。
フランスパン風パンに、フランス風オニオンスープ、フランス風コンビネーションサラダ、
フランス風ステーキがでてきた。普通においしかったが高級フランス料理ではなかった。
別の日に食べたポンディシェリー・フレンチの方が美味しかった。
その名も『ポンディシェリー・ドーサ』。普通、南インドではドーサと呼ばれる薄い生地が
くるくる巻いてあり、横にカレーがあるのだが、これはクレープのようにドーサを広げてあり
具を美しく盛り付けてあった。まさにインド料理とフランス料理のマリアージュ!?
さらにプチフランス気分をもっと満喫しようと宿をチェンジ。海沿いのプチホテル(ゲストハウス)で
リッチにエアコン付きを選択した。300ルピー(900円)もしたがなんだかいい気分。
さらに海辺に降りてアイスクリームなんかを食べながら、海を眺めてるとほんまにここが
インドということを忘れさせてくれた。
南インドが南仏・プロヴァンスに、ベンガル湾が地中海に。。。?
現在:ポンディシェリー【インド】
ありがたやマドゥライ [インドの旅]
4月26日~5月1日
インド最南端から忘れかけてたが世界一周に向けて、インドを北上を開始。
カニャークマリからバスで6時間、マドゥライまでやって来た。
駅前のターミナルを降りるとリクシャーワーラーたちがわんさと寄ってきた。
気温もさることながらまさにインド的な暑苦しさがあった。
ワーラーたちはおなじみのセリフで迫ってくる。
「ハロー、ジャパニ、どこに行くんだ?」「グッドホテルを紹介するでー。」
「テンプル観光に行くでー」などなどひっきりなし。
とにかくはほっといて歩きで宿探し。あった。1泊200円なり。あぢい。
マドゥライといえばミーナクシ寺院という有名な観光地がある。寺院は
ゴープラムと呼ばれるものが塔門が12基あり、城壁と東西南北の4基の
ゴープラムで囲まれていた。このゴープラムの装飾がなんといってもすばらしい。
ヒンドゥーの神々と動物たちの色とりどりの群像が4面全面に飾られている。
その数たるや夥しく、数える気にもならなかったほど。よくもここまで細かく
装飾したものだと感心するばかり。ずっと見上げてると首が痛くなった。
境内には無料で入場できた。本殿へ続く回廊は涼しくて快適。天井画はまさに
インドそのものの彩色できれいだった。柱の装飾も象の上にナーガ(ヘビ)を持つ
獅子が立っているというモチーフでこれまたいい感じだった。本殿に入られるのは
ヒンドウー教徒だけで観光客はここまでだった。

が、回廊にはお楽しみのアトラクション?があった。
そこには顔に落書き、いや化粧を施された一匹の象がいた。この象はありがたい象で
鼻の穴にお布施を入れると、頭を撫でてくれるというもの。象の神様ガネーシャから
撫でて頂いてるといった感じか。鼻で吸いつけたお布施は、象使いの合図でちゃんと
出してた。えらいえらい。
大人気のアトラクション?だけに子供たちもいっぱい並んで待っていた。
ようやく順番が周ってきて象のでかい鼻が目の前に来た。1ルピー渡すとちゃんと
撫でてもらえた。なんとも言えない肉の感触とチクチクする剛毛の感触が妙に気持ちよかった。
現在:マドゥライ【インド】
インド最南端から忘れかけてたが世界一周に向けて、インドを北上を開始。
カニャークマリからバスで6時間、マドゥライまでやって来た。
駅前のターミナルを降りるとリクシャーワーラーたちがわんさと寄ってきた。
気温もさることながらまさにインド的な暑苦しさがあった。
ワーラーたちはおなじみのセリフで迫ってくる。
「ハロー、ジャパニ、どこに行くんだ?」「グッドホテルを紹介するでー。」
「テンプル観光に行くでー」などなどひっきりなし。
とにかくはほっといて歩きで宿探し。あった。1泊200円なり。あぢい。
マドゥライといえばミーナクシ寺院という有名な観光地がある。寺院は
ゴープラムと呼ばれるものが塔門が12基あり、城壁と東西南北の4基の
ゴープラムで囲まれていた。このゴープラムの装飾がなんといってもすばらしい。
ヒンドゥーの神々と動物たちの色とりどりの群像が4面全面に飾られている。
その数たるや夥しく、数える気にもならなかったほど。よくもここまで細かく
装飾したものだと感心するばかり。ずっと見上げてると首が痛くなった。
境内には無料で入場できた。本殿へ続く回廊は涼しくて快適。天井画はまさに
インドそのものの彩色できれいだった。柱の装飾も象の上にナーガ(ヘビ)を持つ
獅子が立っているというモチーフでこれまたいい感じだった。本殿に入られるのは
ヒンドウー教徒だけで観光客はここまでだった。

が、回廊にはお楽しみのアトラクション?があった。
そこには顔に落書き、いや化粧を施された一匹の象がいた。この象はありがたい象で
鼻の穴にお布施を入れると、頭を撫でてくれるというもの。象の神様ガネーシャから
撫でて頂いてるといった感じか。鼻で吸いつけたお布施は、象使いの合図でちゃんと
出してた。えらいえらい。
大人気のアトラクション?だけに子供たちもいっぱい並んで待っていた。
ようやく順番が周ってきて象のでかい鼻が目の前に来た。1ルピー渡すとちゃんと
撫でてもらえた。なんとも言えない肉の感触とチクチクする剛毛の感触が妙に気持ちよかった。
現在:マドゥライ【インド】





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タイ
マレーシア
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ラオス




